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「きょうさー、しょうがっこうで たなばたのおねがいかいたー♪ さて なんてかいたでしょう。」

どっきーーーん。心拍数が上がる。

「いち~。 『おにいちゃんみたいに なんでもじょうずにできるようになりますように~』 」
「に~。 『もっともっと あしがはやくはしれますように~』 」
「さ~ん。 『アレルギーが なおりますように~』 」

どきどきどきどき。平静を装う。

「えっとねー、いちば~ん♪」
「ぶっぶー。」

すかさずにぃにぃに言われました。

「 『いち』 なわけないじゃーん。そりゃあ 『さん』 だよねぇ。タロウ♪」
「せいかーーーい♪♪♪」

~~~~~~~~~~

同じ心拍数で聞いた、1年半前のお願い
同じ心拍数で探した、1年前の短冊

そんなこんなを思い出しながら、タロウにきいてみました。

幼稚園の時のお願いはああだったじゃない?こうだったでしょ?今は幼稚園の頃よりもずっとずっとみんなと同じものを食べられてるでしょう?アレルギーが大変だったのは今までだってずっとそうだったし、幼稚園の頃は小麦粉だって食べられなかったのに、どうして今そんなお願いになったんだろうね、と。

「いままではねー、そんなこと、かんがえてみなかったの。」
「いまはねー、たべれないきゅうしょくみたら、たべたいなーっておもうし、たまごだって、まいにちもっともっとふやしたいなーっておもうの。」
「おにいちゃんがいっつもたべてるおかしだって、すごくたべてみたくて、どんなあじか、しりたいんだよね。」

ひっさびさに子供を目の前にして涙が抑えられなかったー。

小麦粉がほぼ解除を迎え、食べられるお菓子の幅がグンと広がった頃から、タロウははっきりと言葉にして言うようになりました。

「(にぃにぃが食べている)それ、たべてみたいなー。」
「はやくたべれるようになりたいなー。」
「ねぇねぇおにいちゃん、それ、どんなあじ?どんなふうにおいしいの?」

それまでは目の前でにぃにぃが自分の食べられないものを食べていても絶対に話題にしませんでしたし、食べている様子を直視することすらありませんでした。見ないふり、知らないふり。そんな姿が切なくもあり、だからと言って「たべたい。」と言うにぃにぃに我慢させるということも出来ず。しんどかったなー。

タロウなりに開き直りつつあるということでしょうか。
「どうせムリだ。」と思って来たものが少しずつ食べられるようになったことで、希望が持てて来ているのでしょうか。

欲を言えば、「なおりますように。」と本人が短冊に書こうと思うようになる前に、周りのみんなと自分との決定的な違いを認識するようになる前に、何でも食べられるようになって欲しかった。そうしてあげたかった。

卵、少しずつではありますが日々前進しています。本人の「食べたい」という強い意志に背中を押されながら。

タロウがいつか「食べられない」ことから解放されて、伸び伸びと短冊に向き合えますように。
と、私も書いてみようかな。


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